HTML> Round the Clock


注:VD企画の続編となっています。
出来ればこちらを先に読むことをお勧めします。





最初に気になったのは、その音
それから鍵盤をなぞる指と
俺を呼ぶ声



Round the Clock






あの日…
俺にとって衝撃的な演奏を聴かされて。
そのまま店で飲んで、珍しく酔いつぶれて。
朝になると、アイツは消えてた。
オーナーが作ってくれたスープで荒れた胃をなだめながら、
何気なさを装ってたずねる。
「アイツ、は…?」
「ああ、悟浄か。アイツなら仕事だといって出て行ったよ。」
確か、1時間くらい前だったな。
そんなオーナーの言葉を聞きながら、働かない頭を必死に回転させる。
「こんな時間からか?」
いくら、プロではないにしても、始発の動くか動かないかのこの時間に仕事?
そんな疑問を抱いた俺に気づいたのか、オーナーは言う。
「あいつ、色々とやってるからなぁ。今日は警備だったか…」
ほかにも、ウェイターに引越し屋。それから、土方。
次々と並び立てるオーナーに
「そうか。」
とだけ言う。
「本当は、演奏で食っていけばいいんじゃないかと思うんだがな。」
余裕がなくなるのが嫌だといって、聞かないんだよ。
「三蔵さんも、そう思わないか?アイツの腕…」
同意を求められて。
昨日あの演奏に感心したのは確かなのに、わざと
「まあ、無理だとは思わない。」
なんて、曖昧なことを言って。
何だか微かに居心地の悪さを感じて、その店を後にした。


それからというもの。
あの時あれほど身近に感じた気配は、俺の周りにやってくることはなく。
といっても、それは当たり前で。
お互いに名前を知っただけなのだ。
住所はもちろん、携帯電話の番号すら知らない。

あの店に行けばいるのかもしれない。
いや、オーナーがあれだけ生活を把握しているのだ、いるに違いない。
でも、上手い理由が見つけられないまま時間はたってしまう。

他人のことを、ここまで考えたことなんてなかったな
らしくもなく、一人になると思う…あの男のこと。
部屋で一人きりになったときもそう、
人の波に飲まれそうになるときもそう、
どこかで、あの「気配」を感じられないかと
全身を、特に聴覚をめいっぱい緊張させている自分に気づいて嘲笑う。

いつもは通り過ぎる、CDショップのJazzコーナーで。
アイツが弾いた曲名を何とか思い出そうとしていたり。
たまたま同じ曲を聴いたときに、「この音じゃない」と思ってしまったり。

ここまで来るともう病気だな…




そうこうしながらも時間は留まることはなく。
仕事でピアノに触れるたび、何かを期待しながら
毎日を過ごしていた。
そして。


俺は1ヶ月ぶりに「あの音」に出会った。
仕事も終わって駅に向かって歩いていると、耳に飛び込んできた音。
音、というには勿体無い、唄のようなそれ。
ほんの小さな音だったけれど、聴き間違えるはずはない。

このとき初めて「耳がいい」自分に感謝した。




階段を下ってみると、そこは小さなライブハウス。
ベースとドラムとピアノだけの、3ピースバンドがステージに乗っていて。
その中に、アイツがいた。



3人とも、およそJazzの渋い雰囲気からは程遠いナリで。
でも演奏は心地よくて。
客層もこの間とは打って変わって、熟年夫婦も多い。

客からのリクエストも受け付けているのか、時々何かを言うやつがいて、
そしてそれに答えて演奏が始まっていく。
そんなステージがどれくらい続いただろうか。
突然
「あのさ、俺のリクエストって聞いてもらえるの?」
ピアノの脇に置いてあったマイクを通して声がする。
ほかのメンバーが一瞬、なんだ?という顔をしたけれど、
「ちょっと、やりたいことあるんだよ。ね?」
そういって、ウィンクまでしたアイツに文句を言うものなどなく。

暫くの後、流れてきたのは…
ピアノと、アイツの声




しーんと静まり返ったライブハウスに、拍手が沸く。
「実は、この間…この曲にぴったりの人に会ったんですよね。
だから、もう一回会いたいなぁっていう気持ちも、
それからそれ以外の気持ちも込めて、お送りしました。」

少し照れたように言ったあとは、もういつものアイツで。
俺はその「ぴったりの人」が誰なのかを気にして、どこか上の空だった。

「あれ?三蔵じゃん。いつからいたの?」
ふと気がつくと、そこにはアイツがいて。
「暇なら飲みに行かない?」
というが早いか、
「わるい、俺こいつに用あったんだ…今日はこれで。」
と残る二人に声をかけている。
「それじゃぁ、断れねぇじゃねぇか。」
わざと恨みっぽく口にすると
「いいじゃん、それで。どうせ行くんだから。」
と、確信犯であることを明かす。



「ところでさ。」
人通りもまばらな路地裏を、月明かりだけで歩きながら。
「今日の、どうだった?」
アイツが尋ねる。
「良かったんじゃないか。残りの二人もなかなかの腕だろ?」
なにも気にせずそう答えると。
「そう?てか、聴きたいのは…俺の歌。どう思った?」
こちらの顔を見ることなく、一段トーンを落とした声で呟く。


俺を月に連れて行ってくれる?


「俺が言った、『ぴったりの人』ってお前のことだし?」
そう言われたとたん、先まで引っかかっていた棘が溶けていく。
「お前、俺がいるって分かってて演ったのか?」
思わずアイツの顔を振り返ると、してやったりという顔が目に入った。
「当たり前じゃん。的もないのに銃撃ったりしないだろ?」
「…クソッ」
思わず呟いたのは、こいつの計略にはまったのが悔しかったから
ではなくて。
どこかでそれをうれしく感じている自分に気づいたから

「別に、あの空のお月さまじゃなくていいからさ。俺のお月さまはココだから。」
そんな、クサイ台詞を吐いてくるやつ。
「てめぇは…自分で恥ずかしくないのか?」
何よりも先に呆れてしまって、ため息とともにそういうと。
「ね、こんなやつ拾ってくれる人いないんだって。だから、俺を連れてって。
でもって、捨てないで?」

全て計算づくだろう、自信満々にそんなことを言うこの男。
でも…
いまさらnoなんていえる訳がない。
あの唄を聴いたときに、俺のこたえはきまっていたのだ。





Fly me to the Moon.
……
In other words; I love you.





Fin




バレンタインの続きを書いてみました。
今回は、私の好きなもの特集(笑)
まず、タイトルのRound the Clockっていうのは、
私が好きな英語の表現の一つです。
24時間ずっと…っていうのをあらわすのに、時計を使うなんて。
ちょっと、おしゃれな気がしませんか?

それから、文中に登場したFly me to the Moon
これはもう有名な曲ですよね。
宇多田ヒカルさんもカバーしていたとか。(よく知らなくてごめんなさい)
これは先日聴いたライブで、ちょうど歌われていたので
使ってしまいました。
そのときは女性ヴォーカルでしたが、もとは男性なので
悟浄に歌ってもらっちゃいました。

耳に残る音の話。
これは私はずっごくあります。
自分の中で「この曲はこの人の曲」っていうイメージが出来上がっているので
それ以外の音では思い出せないんです。
それは別に、上手い下手とは関係ないんですが…
みなさんはいかがですか?

そんな感じで。
みなさんが素敵なWDを過ごしていればいいなぁと思いつつ。
透夜でした。



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