それはものすごく気まぐれで。逃したと思うとまた、現れる――――――




Vol.5 時機(Timing) 


 




なんで…ろくに知りもしない男に、あんなことまで喋ってしまったのか。
今まで、人に打ち明けるどころか、そこまで親しく付き合う人間すら作らなかったのに。



『三蔵』


ちゃらちゃらしたヤツかと思ったら、意外にも真摯な声で呼ばれたことを思い出す。


『コーヒーくらい、いつでも淹れてやるから』


あいつは、どんな顔をしてそれを言ってただろう…
昨日の今日だと言うのに、記憶はもの凄く朧げで。
まるで、曇りガラスの向こうのようで…



「……先生?そろそろ…」
肩を叩かれてハッとする。
「どうなさったんですか?珍しいですね、玄奘先生がぼーっとなさるなんて。」
微かに笑いながら歩いていく助手の言葉で、自分がおかれている状況に気付いた。

時計を見上げれば、午後の診療の15分前。
そろそろ、診察室に移動しなければならない時間だった。
昨日あまり眠れなかったせいなのか、頭に靄がかかったように感じる。
そんな俺の様子に気付いたのか、
「どうぞ」
とだけ言って、助手がコーヒーを目の前においていく。
とりあえず、気休めかも知れないが飲んでおこうと。
そう思って、口元に運んだものの…何かが足りない。
もともと、俺はコーヒーだのお茶だのにうるさい方ではない。
酒の美味い不味いは気にするが、その他のものにはたいして敏感ではないはずだ。
「おい、コーヒー変わったか?」
淹れてくれた助手にきいてみる。
「え?昨日までと同じですけど…どうかしましたか?」
淹れなおした方が良いかと聞いてくる助手を
「何でもない」
と言って何とか遠ざけた。





曇りガラスの向こう
あいつの顔や、表情は曖昧なのに
淹れてくれたコーヒーの香りだけが
やけにリアルに残っている気がした
















結局、診察が終わった今でもそのカップの温もりと香りは消えることがなくて。
直接家に向かうはずだった足を、少し手前の駅で止めたのは
そんなに違うものなのか、もう一度確かめたかったから





コーヒーくらい淹れてやる
という声と
いつまでも消えない香り
その二つが心なしか足を速めさせている  


店の前まで着てみたものの、扉には『準備中』の札。
仕事前でも構わないと言われたものの、ココを開けるのは気まずい。
それに、何よりもここまで足を運んでしまった自分に納得がいかなくて。
店の前で躊躇すること5,6分。
「何か、用がおありですか?」
後ろから声を掛けられて、振り返った先には、緑の髪をした男が笑みを浮かべていた。
「いや、大した用事じゃない。」
ここに居つづけるのもバツが悪い気がして、踵を返す。
「あの、もしかして悟浄のお知り合いですか?」
思わず足を止めてしまうと
「いえ、この間話していた方に似ている気がしたので。間違えましたか?」
間違っていないことを見透かして言ってくるのだろう、この男は。
知り合いと言うほどじゃない
そう言おうとしたのだが、
「申し訳ないんですけど、今日は悟浄お休みなんですよ。」
でも、せっかくいらしたんですから、何か飲んでいきます?
男はそう言ってくれたが、確かめたかったのは悟浄のコーヒーな訳で。
「いや、またにする。それじゃあ。」
「はい、お待ちしてますよ。」



店をあとにしたのはいいが、わざわざ手前で降りてしまったために、
何もせずにまた電車に乗って帰るのは勿体ない気がする。
そのまま、何気なく歩いていたのだが。
「にゃぁ…」
と道端の猫の鳴き声を聞いて、未だに自分の家にいる2匹のことを思い出した。
とりあえず、トイレやキャットフードなんかは用意したのだが、
食器はいまだに自分の使わない皿だし、寝るのもタオルの上。
ほんの2.3日のつもりの時はそれで良かったのだが、こう長くなってはそうもいかない。
駅の反対側に、割と大き目のペットショップがあることを思い出して、
連絡通路に向かった。


とんとん、と
突然肩を叩かれたような気がして振り返ると
「よ!なんか最近良くあわねぇ?」
さっきまで尋ねようとしていた張本人が、自分より少し高い位置で笑っていた。
「お前、何でここにいる?」
仕事休んだんだろうが…そう言いそうになって、慌てて口を噤んだ。
それじゃ、俺が店に言ったことがバレバレになるのだ。
「ん〜?友だちの結婚式。で、店よってこうかと思ってさ。三蔵は?この駅通過じゃなかった?」
「…そこの、ペットショップに用があってな。」
「ペットショップ?あ、もしかしてこの前のネコ?」
まだ家に居るんだ?とか、心なしか嬉しそうなあいつを見て、
「てめぇ、ヒマなんだろ?なら荷物もて。2匹分買わなきゃならねぇんだ。」
「了解。お供させていただきます。」
笑い混じりに応えた男が、後ろからついてくるのを感じて、俺は目的の店へと足を向けた。

「皿ってこれくらいの大きさで平気なのかな。」
「三蔵?寝るところってどうなってんの?」
もしかしたら仕事柄染み付いたものかも知れないが、この男がかなり、色々なことに気を使うのだと
気付いた。一応飼い主であるはずの俺よりも、ずっとあの2匹のことを気にかけているのだ。
首輪を買おうかと迷ったときも、
「毛の色って何色?」
と聞いてきて。
グレーがかっていると応えた俺のとなりで、
アイツは何色の首輪がいいかを割と真剣に悩み始めた。

「なぁ、あの2匹ってなんて名前?」
「いや、まだ決めてねぇ。」
「え〜?可愛そうじゃん、それ。早く付けてやれよ。」
苦笑しながら言ったあいつに
「きめらんねぇから困ってるんだよ。」
と呟く。と…
「なぁ、それなら、俺が付けてもいい?どうせこの荷物持ってかなきゃなんねぇし。な?」
にっこり微笑まれて、ノーとも言えず。
自分では決められないと言う事実も手伝って、
「しかたねぇな」
といわざるを得なくて。
「おっけ、決まりな。それじゃ、早いとこ必要なもの揃えちまおうぜ?」


食事用の皿に始まり、寝るための小さなベッド、二色の首輪。
それに、
「あ、これも買ってってやれよ。」
あいつがカートに放り入れた、ねこじゃらし。

男二人でもちょうどいいくらいの荷物の量を見て、
「俺に会って良かったな?」
と笑う。なんていうか、バーテンっぽくない顔だな。
もっと…こう、渋いっていうか。そういうやつの仕事かと思っていたのだ。
それが、目の前にいる男は、まるで屈託なく笑っていて。
「とりあえず、帰るぞ。」
その、笑顔が俺の調子を狂わせるのかも知れない。
昨日あんなことを話して、今日はなりゆきとはいえ自分の家に入れようとしてる。


それが、何を意味するのか。
この時点ではまだ、何もわからなかった





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遅くなってしまいました。第5話です。初の三蔵視点。
三蔵さまも、何かしらの異変は感じ取っている様子(笑)
でも、まだ「恋」だとは全然思ってません。
何ていうか、悟浄にとって恋は、「したことはないけど知っている」ですが、
三蔵にとっては「殆ど知りもしない世界」の産物に近いです。
あぁ、坊主じゃないのに何でだろう・・・(苦笑)

このあと、三蔵さまの部屋でのやり取りも載せたかったのですが、
長くなりそうだったので、その前で切ってみました。

今はまだ、悟浄も三蔵が会いに来たことを知りません。
物理的なタイミングは合ったけど、心理的にはこれから。
まだまだ長くなりそうですが、おつき合い頂けると幸いです。


蒼透夜

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