このモノトーンの部屋の中で唯一色づいて見えるもの―――――




Vol.6 変化(Changing) 



鍵を開けて、電気をつけて。
「おかえり」も「ただいま」もないのが当たり前で。
なのにあいつは、誰もいない家に向かって
「お邪魔します」
と言う。変なところに几帳面で、少し可笑しく思えた。
「さっさと上がれ。どうせ誰もいねぇんだ。」
「ん、あ、あぁ。」
それでもまだ所在無さげなアイツ。まあ、ほとんど話したこともないやつの家に来たんだ、当然と言え
ば当然だろう。でも、どこへ行くでもなくたっているあいつがちょっと気の毒で
「突き当りの部屋にいろ、ネコもそこだ。」
荷物を抱えて廊下を少し狭そうに歩く後ろ姿。
「おい、紅茶でいいか?」
リビングへと消えていったアイツに届くように、少し大きめの声を出す。
そんなことさえも、この部屋に入ってからは珍しいことだった。
「うん、ありがと。」
遠くから聞こえた声。
そのあとで、
うわ、ちっこい・・・とかなんとか。
恐らくは、あのふにゃふにゃの子猫に手を焼いているのだろうと。
そんなことを思っていたら
「なぁ、さんぞ。こいつらの名前つけていいんだよな?」
「ああ、構わない。」
結局まだオスかメスかも分からない二匹。
自分とは違う、鮮やかな世界を見ていそうなアイツ。
「ヘンな名前つけんじゃねぇぞ。」
期待とは裏腹に、そんなことを言った。

ポットのお湯がコポコポと音を立てる。
カップは二つ、紅茶の葉はスプーン3杯。
いつもとは違う分量に、妙に温かい違和感を憶える。
『One for me, one for you, one for the cup』
そんな言葉、知っていたけれど実行したのは今日が初めてだと。


「おい、紅茶はいった・・・」
カップを手に部屋に向かうと、あれほど目立つアイツが見当たらなくて。
部屋をくるりと見渡すと、隅の方でしゃがんでいるのが目に付いた。
「なにやってんだ。」
「ん?あ、ありがと。」
アイツは俺の手にあるカップを見て、にこりと笑ってそう言ったあと
「動物と話すときはこいつらの目線に合わせてやらないとな。」
子供と話すときと一緒なんだよ、と言うと手のひらに納まってしまいそうな子猫を丁寧に抱き上げた。
「これ飲んでる間だけ、ちょっと待っててな。」
ベッド代わりのクッションに移動させて、わざわざ断りまで入れるのがおかしくて、
でも悪くないなと思う。
「いただきます。」
ひとくち紅茶を飲んで、ほうっと息をつく。
「ん、うまい。」
やっぱり、人に入れてもらうのは美味しいわ。
そんなことを言われても、上手く応えられずに
「そうか。」
とだけ返した。
「あ、こいつらの名前、考えたんだけどさ。やっぱり三蔵もいっしょに決めてもらおうと思って。」
ご主人様だしね〜と笑う。クッションごとネコを引き寄せて、
「ほら、よ〜くみるとコイツの方がちょっと白っぽいじゃん?だから、コハク。で、こいつはちょっと
シャイだったんだよね・・・サンゴってのは、ど?」
みゃぁ
と呼応するように鳴いた二匹を抱き上げて、
「ほら、ご主人さま、三蔵だよ。」
とか言ってる。言われてみれば、少し白みがかったやつの方が積極的で、アイツの腕の中からすり抜け
ようとしている。もう一匹はなんとか俺の視線から隠れようと必死だった。
「悪くねぇな。コハクとサンゴか。」
「そ?ンなら良かった。あ〜、久しぶりに頭使ったもんな。」
俺の答えに満足したのか、少し照れたように笑うと
「せっかくだから抱いてやれよ、ご主人さま。」
そのうち一匹、いやコハクを俺の方に差し出した。

「そうだ!せっかくだから首輪つけてやろうぜ。」
そういうと、さっきまで抱えていた紙袋の中から2色の首輪を取り出した。
散々悩んだ末に決めた、赤と青。
赤い方には銀色の、青い方には金色の小さな鈴がついている。
「う〜んどっちがどっちかなぁ。三蔵、どう思う?」
コハクとサンゴを見比べて、2色の首輪をあててみたりして。
「コハクが青の方が良いんじゃないか?」
暫くしてそう言うと
「やっぱり?俺もそう思ったんだ。」
意見が分かれなくて良かった・・・などと言う。
にゃん
膝の上に落ち着いていたコハクも、それでいいとでも言いたげに一鳴きした。


ちりちりと、動き回るたびに音がする。
この男が家に入ってから、まだあまり時間は経っていないというのに。
昨日まで、いや今日家を出るまでは限りなく無機質だった部屋に、別の何かがあるような感覚。


「なぁ、歯医者って大変なわけ?やっぱり。」
突然の質問。
「さぁな、他のものをやったことがないからわからねぇ。」
「そりゃそうか。でも、やっぱり頭良くなきゃできねぇんだろうな。」
俺なんて大学も中退だもんとアイツは笑う。
「それはこっちもだ。お前みたいな仕事は出来ない。」
「そ?三蔵だってちょっとすれば出来ると思うけど・・・あ、そっか。」
なるほどね、という風に頷いて。
「三蔵、愛想笑いとかムリそうだもんな。」
図星をさされて憮然とした俺の顔を見てまた笑う。
「ぶっちゃけ、初めての診察のときは、なんて愛想のねぇ医者だと思ったもん、俺」
「悪かったな。」
「でもさ、三蔵先生でよかったと思ってるよ、今は。」
全然痛くなかったし。
「なんだ、お前その年になってまだ歯医者が怖いのか。」
今度は、むこうがむっとした表情をする。
この一見派手で遊びなれた風の男が、実は割と子供っぽくて、ころころ表情を変えることに気付いたの
は、思えばこの時が初めてだったのかもしれない。

「おい」
今日はもう用事がないのかと訊こうとしたら
「しぃ・・・」
声を落とせと、目で訴えられた。その視線の先には、アイツの膝の上でくうくうと寝息を立てるサンゴ。
それを起こさないように、そうっとクッションの上に移動させると
「んじゃ、俺はそろそろ帰るわ。」
そう言って席を立った。
そう、俺には引き止める術もなくて。
というか、一瞬引きとめようと思ったことが、自分でも不思議だった。

「三蔵、本当に今度飲みに来いよ。今日みたいなことでもない限り毎日いるから。あ、月曜は休みだけ
ど。」
「あぁ、考えとく。」
「開店前でも悟浄いるかって訊いてくれれば、出てくから。俺はあんまり仕込みとかもないしさ。」
「わかった。」
「あ、それと・・・・」
玄関で靴をはきながら、思い出したように動きを止める。
「あの、さ・・・また来てもいい?」
遠慮がちに形作られた言葉に、一瞬応えるタイミングを逸する。
「いや、あいつらの顔も見たいしさ。」
慌てて繕うように言った表情を見て、端からNOと言うつもりなどなかった自分に気付いた。
「好きにしろ。夜なら大体はいる。」
「うん、わかった。それじゃ、またな。」
何曜日に店にいくとか、いつ家にくるとか
そんな約束なんて、一つもすることなくアイツは部屋を出て行った。



そして
二つ並んだカップを片付けて部屋に戻ると、寄り添って眠るサンゴとコハク。
「じゃ、またな。」
と言った、あいつの声が思い浮かぶ。
ソファに背中をもたれさせて息をつくと、何もない部屋にその音が響く気がした。
「ごじょう・・・か。」
アイツが名づけた二匹の寝顔に向かって、
俺は初めてアイツの名前を呼んだ。






Continue







三蔵さま視点第2弾でした。
やっと、少し進んだかな?三蔵にも気持ちの変化が現れます。
ただ、まだ『イヤじゃない』程度のことなんですが。
今回の目標は、「アイツ」を脱することでした。
早く、名前を想って欲しいと。
最後の部分が書きたかっただけなんです(笑)
それにしても、長くなりそうだなぁ、この話。
もう少しスピードUPしないと・・・。
透夜でした。

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