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「何かヤバそうな雲行きじゃねぇ?」
空を仰いで、運転席の後ろの後部座席に座る男が呟く。
口元に煙草を銜えて、白煙を過ぎる風に靡かせながら、男の紅い髪もフワリと揺れる。
「そうですね…」
チラ…と上目遣いに空を見遣る。
「なぁ、八戒」
後部座席から乗り出すようにして、ハンドルを握る八戒に声をかける。
「何ですか、悟空?」
視線をチラリと向けて、悟空に応じる。
「次の町まで、どのくらいかかんの?」
「そうですねぇ……」
そう言って、出発する前に確認した地図を思い出すようにして、
頭の中で概算し始める。
「何だ、猿。もう、腹でも減ったのか?」
悟空の隣に陣取っていた悟浄が、茶化すように言うと、悟空がムッ――とした顔をそちらへ向けた。
「違ぇよ!!雨降りそうだって言うから訊いただけだろっ!!」
心外だとでも言いたげに悟浄に言い返す。
「向きになるとこが図星じゃねぇのか?」
わざと悟空を揶揄するように、ニィ――と口の端を上げて、頭一つ分程上から見下ろす。
「違うって言ってんだろっ!!このクソエロガッパ!!」
キッ――と紅い瞳を睨みつけて叫ぶ。
「んだと、こら」
そう言うが早いか、悟浄の手が悟空の頬を引っ張る。
「いでっ、な゛に゛すんだよっ!!」
悟浄の手から逃れようとして、悟空が、その両手首を掴む。
「てめぇが調子ン乗ってっからだろーが」
「離せよっ!!」
そう言うと、悟空の足が悟浄の鳩尾目掛けて振り上げられる。
「ばぁか、お前の考えなんざお見通しだっつぅの」
あっさりと悟空の攻撃をかわすと、二ッ――と笑う。
「んだとぉ!!」
そう言って、悟浄に再び攻撃を仕掛けようとした瞬間。
カチャ・・・
引き金を引く音が聞こえる。
しかし、言い合いをしている後部座席の二人に聞こえるはずもなく・・・。
「てめぇら、いい加減静かにしやがれっ!!殺すぞ!!」
ガウ―――ン!!
怒鳴り声と共に、発砲音が響き渡る。
カチ――ン・・・。
一瞬にして、二人の動きが氷付けにされたかのように凍りついた。
そして、二人揃って、そぉっ――と助手席の人物へと恐る恐る視線を向ける。
「次は分かってんだろうな?」
ジロリと見下ろす氷点下並みの冷たい眼差しが二人に突き刺さる。
両手を挙げて降参ポーズを取ったまま、悟浄、悟空の両名は、コクコクと首を振って頷いている。
チッ・・と舌打ちをして、三蔵は、手の中の小銃を仕舞う。
「三蔵、」
不意に、運転席の八戒が彼の名を呼ぶ。
「何だ?」
三蔵は、視線を運転席へと向けると、
「早く座ってくださいっ!!」
突然、八戒が三蔵に向かって早口で言うが早いか、急ブレーキがかかる。
キキィ――――――ッ!!
「おぁっ!!」
三蔵はバランスを崩したものの、何とか身体を助手席に運ぶことができた。
「んだよ、八戒。急にブレーキなんか踏んでんじゃねぇよ」
後部座席から苦情が飛ぶ。
「それなら、突っ込んだ方が良かったですか?」
後方へ振り向いて、ニコリと微笑む。
その前方に広がっているのは川だった。
しかも、岸と岸を繋ぐ橋が老朽化の為、半分以上崩れかかっている。
「八戒、貴様、何のつもりだ?」
運転席の八戒を睨みつける三蔵に、向き直ると、いつもの落ち着いたトーンでこう言った。
「だから、言ったじゃないですか。座ってくださいって」
そう言うと、人の良さそうな笑みを浮かべる。
「・・・・・・」
言い返すこともできず、三蔵は、小さく舌打ちを打つとバツが悪そうに顔を背ける。
「で、どうすんだよ、これから」
悟浄が言うと、
「それが問題なんですよねぇ」
前方へと視線を向けて、困ったように呟く。
「泳いで渡ったらいいじゃん!」
事も無げに言ったのは、同じく後部座席にいた悟空。
「お前なぁ・・・」
悟空の台詞を聞いて、悟浄が脱力したように深々と溜め息を吐く。
「ちゃんと今の状況を見てから言えっての」
呆れたように吐き出す悟浄の言葉は尤もで、目の前に広がる川を見れば一目瞭然。
先日に見舞われた大雨のせいで、川の嵩は増し、流れも速い。
こんな川を泳いで渡る奴がいたのなら、手放しで褒め称えるだろう。その根性と体力を。
「見てわかんねぇのか?誰がどうやって泳ぐって?」
悟浄に言われて、助手席の座席越しに覗き見た景色は、
悟空の目にも、どうやらそれは不可能だということは明白だ。
「…い、言ってみただけじゃん!!他に方法ないだろっ!!」
負け惜しみにも近い言葉を吐き出すと、プイ――とそっぽを向いてしまう。
「言い合いはそれくらいにしてください。とにかく、今は、他に道がないか探した方が得策じゃないですか?」
尤もな八戒の言葉に、
「まぁな」
「そうだな」
後部座席の二人も同意を示す。
「どうしますか?三蔵」
先程から、言葉を発さない三蔵に視線を向ける。
「何がだ?」
無関心を決め込んだかのように、三蔵は煙草を燻らせながらそう言って寄越した。
「だから、見ての通り、この橋を渡れないとなると他を探すしかないですよね」
「そうだな」
八戒の言葉に頷きはするものの、別段、何を始めるというわけでもなく、
静かに白煙を吐き出した。
「4人で行動するより、二手に分かれて探す方が効率が良くないですか?」
「テメェらが行けばいいだろう」
「三蔵はどうすんの?」
二人の会話を聞いていた悟空が、身を乗り出して問いかける。
「耳元で煩ぇんだよ、バカ猿っ!!」
すかさず、悟空の頭にハリセンがクリーンヒットする。
「いってぇ・・」
頭を擦って、悟空は、持ち上げていた腰を座席へと下ろした。
「それで、貴方はどうするんですか?」
見かねた八戒が助け舟を出すように言うと、
「俺は、ココにいる」
当然だとでも言うような口調で返答を返した。
「三蔵様ってば、歩けない程体力ねぇの?やっぱ、歳には勝てねぇってか?」
運転席の後ろで、三蔵と同じく煙草を銜えていた悟浄が茶化すように割って入る。
「何だと?」
ジロリと悟浄を睨みつける紫暗の瞳。
「だって、そうじゃねぇの?座ってるだけで何もしてねぇのに疲れちまって動けねぇんだろ?」
アメジストの双眸を流すように受け止めて、悟浄は、怯むことなく言葉を返した。
口の端を吊り上げて、挑発するような視線を送る。
チッ・・と舌打ちを打つと、
「さっさと降りろ、行くぞ」
そう言って、悟空の頭を殴りつける。
「何で、俺を殴るんだよ!!」
三蔵に向かって、突然振り下ろされたハリセンに文句をつける。
一番の被害者は悟空であったようだ。
「大丈夫ですか?悟空」
三蔵の背中を困ったように見つめて、悟空を気遣う言葉をかける。
「…うん……」
口唇を尖らせながら、八戒に頷いて、ヒョイとジープから飛び降りた。
続いて、八戒と悟浄もジープを降りる。
「さってと、どうしますかね?」
煙草を燻らせながら、八戒に問いかける。
「この地図だと、町まではもう直ぐのはずなんですけどねぇ…。
この川を越えないことには辿り着けないみたいですし」
地図を広げて考えながら八戒が言う。
「そんじゃ、探すしか方法ねぇだろうな」
「そうですね」
悟浄の言葉に頷く八戒。
紅い瞳が、チラリと金糸の髪の人に向けられる。
そこにあるのは、顔を見なくても不機嫌の漂っている法衣姿の背中。
元へと戻した視線が、ぶつかった深緑の瞳が苦笑していた。
「何だよ?」
悪戯を見つかった悪ガキのような心境になって、ぶっきらぼうに言うと、また、八戒が声を殺すように苦笑する。
「いえ、何でも」
何とか笑みを押さえ込んで、言った八戒ではあったが、
悟浄にはどう見ても笑っているようにしか見えない。
『笑ってんだろ、どう見てもよ』
口に出さずに心の中で呟いて、短くなった煙草を落とした地面の上で踏みつける。
そして、バツの悪さを隠すように、新たに一本煙草を口に銜えた。
「これ、見てください」
顔を背けた悟浄に、八戒が地図を片手に声をかける。
「あ?」
視線を寄越した悟浄に、地図を広げた八戒が指し示す。
「今、僕達がいるのが、多分、この辺りなんです」
「んで?」
話の先を促す。
「この地図通りだとすれば、多分、ココかココにもう一つ別の渡り橋があると思うんですよ」
「んじゃ、近い方に行けばいいじゃねぇか」
「そうなんですけど、川を見れば分かると思うんですけど、先日の大雨で橋が流されてしまっている可能性もありますよね?」
「そりゃ、ま、そうだわな」
八戒の言葉に頷き、煙を吐き出す。
「それに、どちらの橋に行くにしても、結構、ココからは距離があります。全員で動くのは時間の無駄だと思いませんか?」
「そういう話は、俺じゃなくて、アイツにした方がいいんじゃねぇの?」
八戒の話を聞き終えて、悟浄は言って三蔵の方へと視線をやる。
全ての決定権は、一人離れて川辺で煙草をふかしている金糸の髪の男の手の中にある。
「三蔵が、どちらかに行くと思います?」
八戒も、三蔵へと視線をやって悟浄に向き直ると、そう尋ねた。
「・・・行かねぇだろうな」
一瞬、考えた後、苦笑して悟浄は言った。
「と、いうわけですので、悟浄、頼みますね」
悟浄にニコリと微笑みかけて告げる。
「はい?」
言われた意味が掴めずに訊き返した悟浄に、
「三蔵と二人で探してくださいね」
先程の微笑を湛えて告げる。
「・・・ま、いっけどな」
暫しの沈黙の隙に、風に揺れる金糸の髪の揺れる様を見つめて、了承の言葉を零した。
三蔵の不機嫌なんて今に始まったことじゃねぇし、それを煽ったのは他でもない自分だ。
この程度の機嫌の悪さなら、どうにでもできると自負している。
悟空や八戒より、この旅では三蔵と一緒に過ごす時間は長い。
二人部屋の時はたいてい同じ部屋になるし・・・。
まあ、一人部屋の時でも、強引に入っちまって一緒に朝までっつぅこともないわけじゃないしな。
あの程度の不機嫌さなら、時間が経てば収まんだろ。
三蔵の後ろ姿を眺めながら、悟浄はそんなことを考えていた。
その後、八戒は元の姿に戻ったジープを肩に乗せ、
悟空と二人で三蔵と悟浄とは逆の方向へと橋を探しに行ったのだ。
いつも三蔵にくっついている悟空ではあったが、機嫌の悪い三蔵の傍にいると、
いつも以上にハリセンで殴られるのは必至。
君子危うきに近寄らずの如く、何の異議もなく、八戒との道を選択する。
二本の道を考えると、どう考えても八戒達が選んだ道の方が険しいのだが、
三蔵の逆鱗に触れることを思えばそちらの方が安全というもの。
悟空は、その事実を身をもって知っている。
それに、八戒と一緒にいた方が食べ物にありつけると踏んだというのも、
悟空が口に出して言わずとも誰もが予想できる。
「それじゃ、そちらの道はお願いしましたよ。行きましょうか、悟空、白竜」
「おう!」
「きゅ〜〜〜」
悟空と白竜が揃って八戒に頷くと、
「じゃ」
一言、言い残して、二人と一匹は悟浄と三蔵から遠ざかっていく。
「何で、テメェとなんだ?」
不機嫌色を漂わせた瞳で悟浄を見て、文句を吐き出す三蔵に、悟浄は笑ってこう返す。
「まったまたぁ。照れてんの?」
「誰が照れるかっ!!」
茶化した悟浄の台詞に、三蔵が怒鳴り返す。
「テメェと一緒にいるとバカが移る。俺の傍に寄るんじゃねぇ」
悟浄を呆れたように見て、ハァ…と溜め息を零すとスタスタと足早に歩みを進めていく。
「おい、待てって」
三蔵の背中を追って、悟浄は、小走りで法衣姿の男の隣に並んだ。
「近づくなって言ったのが聞こえてなかったか?」
悟浄の方へ視線を向けることもなく、隣を歩く男に向かって冷たく言い捨てる。
「折角二人きりだってのに、何で、そう素っ気無いかねぇ」
懲りずに三蔵の隣を陣取って歩きながら、悟浄が漏らす。
「好きでテメェとなったんじゃねぇ」
すぐに、返ってきた言葉は、確かに味気ない。
しかし、ここで引き下がる程、悟浄も甘くはない。
三蔵の迫力にもめげずに、三蔵の細い腰にソロリと腕を伸ばす。
彼の細腰まで、あと数センチのところで、
「触りやがったら、その頭に穴が空くと思え」
どすの利いた声と共に向けられたのは小銃の銃口。
さすがに、それには悟浄の手もピタリと止まり、おずおずと空を彷徨って彼のパンツのポケットの中へと納まった。
「フン・・・」
鼻を鳴らして、変わらぬ速度で目前に続く野道を進んで行く。
三蔵よりやや高めの位置から紅い瞳が金糸の髪を見下ろして、気づかれない程に小さな溜め息を零す。
どうやら、三蔵の機嫌は自分が思っていたよりも悪かったようだ。
沈黙のまま、二人は橋を求めて歩き進めて行った。
to be continude . . .
02.06.15
何でいつも三蔵様ってば機嫌悪いんだろうか?
10,000HIT記念だというのに、全く53ぽくないし…。
甘くないし、ダメですねぇ…。
少しでも甘くしていきたいです。
だって、折角の記念ですしね♪
続き、気合い入れて書きたいと思いますので
お付き合いの程、どうぞ宜しくお願い致しますm(_ _)m
それでは、続きをご覧くださいませvv
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