「なーんかさあ、悟浄っていっつも左側歩いてねぇ?」
運良く明るいうちに街に着き、食事をしようと宿を出てから数分後。
悟空のひとことに、一瞬他の3人は首を傾げた。
「あ?どーゆー意味だよ?小猿ちゃん」
「猿って言うな!…じゃなくて、ほら、今だって左側歩いてんじゃん。」
な?と言いた気なその表情に、
「そうか?だって小猿ちゃんから見れば俺は右側にいるだろうが。」
何言ってんだ、とでもいうように悟浄が反応した。
「そうですよ、悟空。少なくとも今日は左じゃないですけど…」
八戒も疑問を投げかける。と…
「だーかーら、そういう意味じゃなくってさぁ。三蔵の左、ってこと。」
いつも三蔵が右で、悟浄は左にいるじゃん。
「…ところで、飯どこで食うんだ?」
これ以上つきあいきれないとでも思ったのか、悟浄が話題を逸らす。
「あ、俺さっき上手そうな店みつけたんだ〜!!」
春巻きに、餃子だろ?それから…。
思考が食べ物一色になってしまった悟空は、さっきまでの疑問はどこへやら。
それにつられるようにして、その話も自然と消えていった。
三蔵が右で、悟浄が左にいるじゃん
食事を終えて宿に戻るあいだも、何故か悟空の言葉が耳について離れない。
考えてもなかった。それどころか、気づいてもいなかった…
「じゃあ、その部屋割りで…いいですね、三蔵?」
八戒の声で現実に引き戻されたものの…聞いてなかった。
「鍵はこれですから。」
言われたとおりに鍵だけ受け取って、早々に部屋へ入ってしまうことにした。
久しぶりの宿なのだ。疲れを癒してしまいたい。
自分の中にあるモヤモヤとした疑問を振り払うかのように、足早に部屋へ向かった。
いつも左側…
「なんか意味あるのか?」
ベッドに寝転がって呟いてみる。天井の模様の数を数えたり煙草を深く吸ってみたり。
その疑問に対する答えは見つからない。
ふと。2・3日前に食堂で女たちが話していた言葉が思い浮かんだ。
「なんかね、道を歩いてて、なんで遠回りしてるの?って思ったら、危ない側を歩いてくれてるとか…」
「さりげなく女をお大事にしてるっていうか…。そういうこと出来るヒトっていいよね。」
その時は、何でもない話だと思った。そんなもので喜ぶのか、とくだらないとも思った。
でも…。
今日の悟空の疑問と、日常の位置を考えてみる。
「俺を女と一緒だと思ってんのか?あのバカ河童。」
誰もいない天井に向かって、不満を口にした。
「そんなこと思ってねーよ、さんぞ。」
不満の対象でもある男の声。腹立たしいのか、恥ずかしいのか、わからない。
「なんでてめーがココにいる?」
別にイヤだというわけじゃない。でも口をついて出てしまう言葉。
「だって、今日俺と同室じゃん。聞いてなかったの?三蔵さまは。」
しょうがないねーとでも言いそうな、からかうみたいな声と一緒に、紅い髪の毛が俺の視界を覆った。
もう慣れ親しんでしまった煙草の香りと、ほんの少しのアルコール。
酒は決して弱くないはずなのに、こいつの纏う香りにだけは簡単に酔ってしまう気がする。
そう、普段ならば…そうなのだ。
でも今日は違う。
気になって気になって。こいつの口から聞きたいことがある。
「どういうつもりだ?」
唇が離れた僅かな隙にそう切り出すと、悟浄は何のことだ?という風に、一瞬首を傾げた。
「…ああ、昼間猿が言ってたことね。って、さんちゃん、言葉省略しすぎだって…」
苦笑いを浮かべた悟浄の目に映っている自分に気づいて、窓の外に視線を移しながら訊ねた。
「俺を…守ろうとでも思ってんのか?」
煙草を一本取り出して、ジッポで火をつけて、大きく息を吸い込む。
階下を歩く音までが二人きりの部屋に響いた。
ふぅっと吸い込んだ紫煙なのかため息なのかを吐き出して、悟浄が少し声のトーンを下げた。
「女と一緒になんかしてねぇよ。女だったら俺が守ってやれば良いことだろ?」
言い聞かせるように、確認するように、ゆっくりとした口調で。
でも…
「三蔵様は嫌がるでしょ、そーゆーの。だから、右側には行かないだろ?」
…どういうことだ?
いまいち理解しきれない俺に、言葉を選ぶようにして言い直す。
「三蔵の、利き腕はいつでも空けておくってこと。」
その右手はいつでも自由に使えるように。いつでも銃が取り出せるように。
少し照れたようにバツが悪そうに笑うのを見て、なんだか満たされた気になるなんて.
俺も相当湧いてるってことだろう。
だが、それも悪くない。
「だから、せめて半分だけ、利き腕じゃない側だけで良いからさ…俺のために空けといてくんない?」
…何でこいつは、こんなことをストレートに言えるんだ。恥ずかしいヤツ。
そう思ってはいる。でも、きっと今目を合わせてしまったらきっと、アイツの目の中には
赤くなった自分の姿が映るのだろう。
そう思うと、向き直って文句を言う気にもなれず。
ただ、バカ河童…と口にするのが精一杯だった。
別に悪くはない。
左側をこいつに預けるのも。
この、煩くて単純で、女好きでヘビースモーカーで…
俺のことを好きだと言うバカ河童。
しばらく後。調子を取り戻した三蔵が
「だったら、何も俺のそばを歩かなければいいだろーが。」
というと、茶化したような口調で答えが返ってきた。
「そんな可愛げのないこというと、俺拗ねちゃう〜。そーゆー仲なんだからさぁ、並んで歩きたいっておもうでしょ。」
その、「そういう仲」の具体的内容を想像して、また一人赤くなった三蔵の姿があったのだが、
それはまた別の話…。