甘イ甘イ夜   [後]



目を伏せてからの、長くて短い一瞬。
けれど、微かに触れた唇は温もりを感じるよりも早く離れていった。
「…ごじょ?」
不満と不安
いつもより幾分細い三蔵の声が響いた。
でも敢えて三蔵と目を合わせずに、悟浄は三蔵に覆い被さるようにして抱きしめる。
「ありがと、三蔵。」
耳元で囁かれる声。自分の大好きな音。
不安が、溶けていくような…
「なんだ、いきなり。」
そう言った三蔵の言葉にも、いつもの様な厳しさはなくて。
「ん〜、なんとなく。」
ここで、言葉を使いすぎてしまうのは勿体ない気がした。


「…はぁ…ぁ」
珍しく三蔵の方から仕掛けたキスは、やはり悟浄のペースになり。
風の音すらも聞こえない部屋の中に、二人のたてる湿った音だけが響いた。
「んっ…ゃ…ご、じょ…」
三蔵を傷つけないように。自分本位なセックスをしないように。
悟浄はいつもよりも時間をかけて三蔵の身体を解きほぐした。
「ごじょ…も、いっ…」
びくびくと身体を震わせて、三蔵が悟浄の口の中に放った。
濡れた口元をぬぐいながらゆっくりと身体を持ち上げた悟浄の視界に、
うっすらと涙目になった三蔵が映る。次の瞬間―――――
「さんぞ?」
悟浄の頬は三蔵の手に包まれていて。
「ちゃんと…顔、みせろ。」
ぽそりと囁くと、その腕を後頭部に回した。
「どうしたの?三ちゃん。今日は随分ヤル気じゃん。」
からかうように言うと、
「…ウルセェ。」
とお決まりのセリフが帰ってきて。でも、微かに朱がさしたような表情は隠せる筈もなく。
「いい?」
短く聞いたあと、答えも待たずに悟浄は三蔵を貫いた。

「んっ、あ、ごじょ…」
三蔵の視線が俺の顔からそらされることはなくて。
その潤んだ目に自分が映っていることが、俺をいっそう昂ぶらせた。
「さん、ぞ…」
お互いに、全く同じ強さで求め合っているような
そんな感覚
「はぁ…ぁ、や…」
「気持ちイイんでしょ?…さんちゃん、超エロい顔…」
そうして、三蔵の弱点を付けば
「あぁ っん…」
それだけで、背中に回された腕に力がこもる。
「はぁ、ご、じょ…も…イ 」
「ん?イキたい?ごめ…もうちょっと、まって。」
いつもなら三蔵のイクときの顔を見たいとか思うんだけど。
今日はなんだか…
「さんぞ、いっしょ、イこ?」
微かに皺を寄せていた表情が、ふっと緩んだ。
「んぁ、あ… ごじょ…う」
「ん、さんぞ…そろそろ、な」
自分の限界が近づいたのを感じて、三蔵を追い立てる。
「やっ、あぁぁっ…」
ひときわ高くなった三蔵の声を聞くとすぐに、自分も三蔵の中で達した。



お互いが同時に熱を吐き出した後の、軽い倦怠感。
いつもならお互いの熱を感じたくて続けて求めたりもするけれど、
今日はそれも必要ない。
押し寄せる波のような熱よりも、もっと
穏やかで柔らかな温もりを感じたくて。

三蔵に回した腕に力を込めて引き寄せようとすると、
三蔵の方から悟浄に擦り寄ってくる。
三蔵が耳を寄せたのは悟浄の心臓のある位置で。
とくん とくん
脈打つその速さが心地いい。

「なぁ、三蔵・・・」
さっきまでの熱っぽい声とはうって変わった声に
三蔵は敢えて言葉を発しない。
「もしさ、俺が三蔵に告白しなかったら、俺たちどうなってたんだろ。」
やっぱりこういう関係にはなってないだろうなぁ。
そんなことを言って、一人笑う。
「俺の言葉が・・・三蔵の気持ちを引っ張ってる?」
突然、暗闇に吐き出された溜息のような響きに。一瞬言葉を言い損ねた。
「っち・・・バカが。」
そうお決まりの態度を取れば、帰ってくるのはいつもの軽口で。
「なぁんてね、ちょっと本気にした?」
闘牛士のように、ひらりと身をかわす紅。
「俺は…簡単に他人に引っ張られるほど、軽い気持ちなんざ持ち合わせてねぇよ。」
愛してるとは言えても、こんな言葉は悟浄にはいえない。
「うん、わかってる。」
左手で三蔵の髪を梳く。
「ならきくんじゃねぇ、バカ」
それを嫌がる風でもなく、三蔵も紅い髪に指を絡ませた。
「うん、ごめん。」




「悟空に言われたんだ。」
いまだ、視線を絡ませることなく会話が続く。
「ん?サルに、何を?」
こういうときの悟浄はやけに大人っぽくて。
自分がまるで幼い子供かのように甘やかされているのを感じて、くすぐったくなる。
「自分と遊んでるときも、お前が俺の事を気にしてるだと。」
零れ落ちた言葉に悟浄が一瞬緊張する。三蔵はそれを知って嫌がりはしないかと。
ヤバイかも…
そんなドキドキを押し隠して
「え?そんなこといってんの?気のせいだろ、あの小猿ちゃんの。」
そういうと。
隠し切れなかった少しスピードをあげた鼓動に耳を当てたままの三蔵が、ふっと笑うのを感じた。
「気のせいなんかじゃねぇだろ。」
「なに?三蔵さまはあのサルの言うことは信じるって?」
照れもあって少し茶化して応えた。
「ちげーよ。」
もそもそと動いて俺に背を向ける形で落ち着くと、三蔵はぶっきらぼうに次の言葉を紡ぐ。
「サルのことを信じてるからじゃねぇ。てめぇのことが分かるんだ。……
ったく、てめぇだけが気にしてると思うなよ。」

三蔵の耳が自分の心臓から離れていてよかった。
そうでなければ、今自分の耳に煩いほど響いているこの音が、三蔵にまで伝わってしまうから。

「さんちゃん、耳赤いよ?」
自分も人のことなど言えないくせに、わざと言う。
髪の毛を掻き分けると覗く項までも、うっすらと朱く染まっていた。
「ウルセェ。もう、寝ろ。」
「うん、お休み。」
「明日は午前中には出発するからな。休んでおけ。」
タオルケットに埋まるように潜り込んで、頭の先しか見えない三蔵。
どこか子供っぽいその仕草を初めて見たのはいつだったっけ。
「ひょっとして、心配してくれちゃったり?」
「戦力が減ると面倒だからな。」
精一杯いつも通りしているこのタオルケットの下で、コイツは一体どんな顔をしてるのだろう?
「やっぱり?そういうと思った。」
「なら聞くなって言ってんだろうが。」

自分の隣で身体を落ち着けた三蔵の背中が少しだけ丸くなる。
「三蔵、ありがと。」
答えなど返ってくるはずない、その背中に向かって。
「何がだ?」
眠りに付く寸前の、いつもより丸い声。
「ううん、なんでもない。」

ここで言うには多すぎる。
三蔵に感謝したいことなんて、それこそ星の数ほどあるんだから。
でも
今日に限っては何よりも
自分の気持ちを認めてくれてありがとう
三蔵が、三蔵の気持ちを受け止めて
俺の気持ちも受け止めて
両方ともを認めてくれたこと
俺はそれをもう随分前から望んでたんだと今気付いた
だから、ありがとう





「おやすみ、さんぞ」
もう一度、完全に眠ってしまった背中に呟いて。
同じタオルケットに潜り込んだ




Fin




三蔵が悟浄を幸せにする話、でした。
私なりに考えてみて、悟浄が幸せなのは
『三蔵が悟浄の気持ちだけじゃなくて自分自身の気持ちも素直に認めること』
かなぁと思ったんです。
自覚はしていても認めるに至らない気持ち。
それをちゃんと分かってほしいなぁと。
でも、なんだかやっぱり舌足らずでしたね。
せっかくリクを下さった麻耶さま、こんな物しか書けなくてすみません。
返品可です。

蒼透夜


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