「予想外の…」という言葉は、「日常」を「幸せ」に変えられる―――――




Vol.3 意外性(unexpectedness)




悟空が金髪のきれいな人を連れて歩いていた、という話を聞いたのはそれから間もなくのこと。
もとから仲の良い職場だったし悟空はその中でもマスコット的な存在なのだから、
噂が急速に広まったとしても不思議はない。
気になったのは、金髪。そのひとことだけ。

そうこうしているうちに、歯医者の予約日が近づいて。
俺は、嫌いな筈の歯医者に行くことにあまり抵抗を感じていない自分に気が付いた。

この前と同じように診察室に入って椅子に座って。
そろそろあの金髪の医者がやってくるのだろうと思っていた俺の耳に飛び込んできた声は、
この間とは打って変わった少し枯れた穏やかなものだった。
…ああ、これが八戒の言ってた方の医者なのか。
院長なわけだし、技術に心配は全くないのだ。でも…
どこか物足りないような気がしたのは―――――

治療後、やっぱり気になって助手の女に訊いてしまった。
「なぁ…あのさ、もう一人先生いなかったか?」
「あ、三蔵先生ですか、。火曜日と金曜の午後だけ来てらっしゃるんですよ。
普段は別の病院にお勤めなんです。」
愛想よく教えてくれた女に向かって、こちらも営業用の笑顔を返した。
「沙悟浄さん、お会計は…」
財布を取り出しながら、言われてもいない次回の約束に考えをめぐらす。
午後…となるとちょっとキツイかぁ、なら火曜だよな。
頭の中で自分のスケジュールと照らし合わせたりして。
でも、次の瞬間
「えーと、今日で治療の方は完了しましたので、また何かあったらいらっしゃってくださいね。」
にっこりと微笑みながら紡ぎだされたそのひと言によって、これ以降俺がココにくる必要性はなくなって
しまった。
同時に、俺とあの口の悪い医者――三蔵だっけ――の関係も、強制終了されてしまうことになった。


こんなときに限って雨までふってきた。
それほど強くはないが、気にならないほど弱くもない。
体に纏わりつくような霧雨の中、体を少し縮めながら家路を急ぐ人の波に逆らって歩いた。


駅前の喧騒を抜けて少し経った頃。俺はちょっと不自然な人影を見つけた。
それほど大粒ではないとはいえ、はっきりと目に見える雨が降っている。
けれど、傘をさしていない。そいつの右腕には確かに傘が引っかかっていると言うのに…。
俺が足を速めたのにはもう一つの理由もあった。
立てたコートの襟で隠れていても、雨のせいで霞んでいても、確かにそれと分かる金髪――――

何気ない態度を装うために、速めていたスピードをを彼に届く間際に少し落とした。
顔を確かめようと斜め後ろから眺めてみると、腕の中にもぞもぞ動く「何か」の気配。
それが落ちないように抱えなおすそいつの顔は、この間の無愛想な医者のそれではなくて…

こんな顔もするんだな

そう思うと、粒の大きさを増した雨が顔に当たるのも、あまり関係ない気がしてきた。

とりあえずそのままにしておいては風邪も引くだろうし・・・と思って
そいつの肩に指をかけようとした刹那
「あ〜〜、悟浄何やってんの?え?三蔵?」
悟空の声に動きを止めた俺と、振り返ったあいつ。
医者と患者、ではなく個人―三蔵と悟浄として―俺たちは初めて出逢った。


「何だ、てめぇか。」
吐き出された言葉は俺に向かって、ではなく悟空に向けられたもの。
「三蔵こそどうしたんだよ。今日はこっちの病院じゃないだろ?って…なになに?それ、喰いもん?」
あいつ、三蔵の抱えていた箱を覗き込んだ悟空が、うわぁと声を上げた。
つられて視線を送った先には2匹の子猫。
小さな箱の墨に縮こまるようにようにして震えながら、小さくにゃおんと鳴いた。
こいつらのために傘が差せなかったなんて…けっこう優しいのかもしれない。
「とりあえず、今だけ傘貸して。」
そう声をかけると、三蔵はまるで今気付いたとでも言いたげに
「誰だ、お前は。」
と言う。
「あ、俺は…」
悟浄、俺のバイト先のバーテンやってるんだ〜。
応えたのは悟空で。
「この前、たまに帰りとか送ってくれるんだよ。」
と付け足した悟空に、そうか、と短く頷いただけ。興味ねぇってのが丸分かりだ。
「あ、でね、悟浄。これが三蔵で…」
これとは何だ?と突っ込まれてしどろもどろになりながらも、説明を続けようとする悟空に
「あぁ、大体は知ってるから。」
とだけ言って。
え〜?何でだよ、なんで知ってんの?
と聞きたがる悟空を無視して話をすすめた。
「あのさぁ、とりあえずうちの店来ねぇ?そんなに遠くないし、
雨止むまで、そいつらにタオルくらいは貸してやれるしさ」
「そうしなよ、三蔵。俺も今日バイトだしね。」
「しかたねぇな。」
渋々といった様子で歩き出そうとした三蔵の腕から、俺は傘を奪い取った。
「んじゃさ、代わりといっちゃぁなんだけど、そこまで傘入れてもらっていい?」
返事を待つこともせずに開いた傘を三蔵に差し掛ける。
「こうすれば、ネコも濡れないだろ。」
「あぁ、悟浄ずるい〜。俺が三蔵に傘貸す!」
そんな主張をしてくるガキも、
「お前じゃ背ぇ足りねぇだろ?」
何ていってかわして。
でも、ろくに口を利かないまま、店に到着した。


「じゃぁ、ちょっとココで待ってて。」
三蔵を座らせて、悟空には裏からタオルを持ってくるようにいって。
自分は、3人分のコーヒーとを用意する。あと、人肌に温めたミルクもだな。
気を抜いたら潰れてしまうんじゃないかと思うような柔らかい子猫の水分をふき取って、
一息ついた所でコーヒーを出す。
ふぅ…っと吐き出された息がさっきまでの緊張を物語っているようで。

コーヒー一杯分と少しの時間がたった頃、他のバイトも店に集まり始め。
みんなが傘を持ってないことから雨は上がったのだろう。
「じゃあ、俺は帰る。」
言葉少なに席を立った三蔵は、来たときと同じようにネコを抱えて店を出て行った。
「歯はちゃんと磨けよ。」
とだけ言って…。






「あれ?」
店をしまって、バイトがみんな帰ってしまったあと。
八戒が傘を持ってあらわれた。
「この傘、お客さんの忘れ物ですかねぇ?裏に置いときましょうか。」
見ると、さっき俺がさしていたもの。つまりは三蔵の傘。
そうだな…
と言いかけて、言葉を改めた。
「あーっと、それ、俺の知り合いのヤツなんだわ。だから、俺が持って帰っとく。」




たかが傘一本。
わざわざ取りになど来ないかもしれない。
それでも、手元においておきたかった。
三蔵との繋がりを残してみたかったんだ。

こんな小さなものにまで縋って、期待をかけて―――
そんな自分が可笑しくて、新鮮で…
何よりも意外だった




Continue





というわけで、連載3話目のテーマは「意外性」でした。
これは、相手に対してもそうだし、自分に対しての意味もあります。
三蔵がこんな顔もするんだ…というような「意外性」は、誰しも感じたことがあると思います。
同時に、自分が思いもよらない行動に出てしまっているという意外性も
書きたかったので、チャレンジしてみました。
それにしても、またしても三蔵と悟空の関係をばらし損ねた(笑)
なんだか、次回予告みたいですね…。すみません。
そして。そろそろ三蔵さまのほうからも動きがほしい…

次回はそんなところも触れられればいいと思ってます。

蒼透夜でした

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