「偶々」が2回重なったら、それは「奇跡」だと言う―――――
Vol.2 偶然(chance)
「おはようございます、悟浄。その様子だと、行ってきたんですか?歯医者」
従業員用の通用門から俺の持ち場のカウンターへ行くには、キッチンの脇を通るのだが。
何気なく通り過ぎようとした俺を八戒の声が呼び止めた。
「ああ、おかげさんで。腕は良かったしな。助かった。」
"腕は"と何かと比較している自分が笑える。それほどまでにあの毒舌は印象的だったのか…。
「そうですか。僕も以前からお世話になってるんですよ。温和な、いい先生ですよね。」
「はぁ?」
さらっと言った言葉に違和感を覚える。
温和?いい先生?アイツが、か?
「どうしたんですか?悟浄。"桃源歯科医院"行ったんでしょう?」
「え?あぁ、お前のくれた番号の通り電話したけど?」
「じゃあ合ってる筈なんですけどね…もう、かなりベテランの先生ですし。」
やっぱり食い違ってる、よなぁ。どう考えてもベテランって言う年じゃねぇし。
寧ろ俺らとかわんないっぽいから、新米?
「なぁ、八戒、お前が言ってるその先生って何て名前?」
「えーと…」
そこまで聞いて気付いた。おれは、あいつの名前をしらねぇんだ。
「よくわかんないけど、とりあえず俺を担当したやつはそいつじゃないと思う。
金髪で、まだ若くて、で死ぬほど口が悪いヤツだったからなぁ…。」
へぇぇ…
八戒は珍しく少し驚いたようだった。
「あの先生、仕事には厳しいからなかなか他の先生入れないんですけどね。」
珍しいこともあるんですね、と目の前の男は言う。
「ま、とりあえず腕はよさそうだったぜ?なんも感じないうちに終わっちまったし。」
「そうですか。まぁ、腕のたつお医者さんは知っておいて損はないですしね。」
と、向こうの方で俺を呼ぶ声がしたのでそのまま本来の持ち場であるカウンターへと足を運んだ。
休憩時間にホールのバイトから声をかけられた。
「なぁ、悟浄って虫歯あったんだろ?歯医者行ったのか?」
「ったく、お前に心配されちゃおしまいだっての。ちゃんと行って来たって。」
後ろに立っていたのは、半年ほど前に入ってきた悟空。
年は少し離れているし持ち場も違うのだが、何となく懐かれている。
「なんだよ、人が心配してやったのに。」
無駄に腹減るだろ?と訳のわからないことで拗ねている。
「はいはい、そりゃどうも。ありがとな。」
「あ〜、もう、ガキ扱いすんなよ!!」
頭を撫でたのに腹を立てたのか、下からキリっと睨んでくる。
「ほんとのことだろ、まだ酒も飲めねーお子ちゃまが。」
「うっせーよ、のめるってば!俺もうハタチだもん!」
「はいはい。」
こうやってすぐむきになるところがガキなんだって。ま、それも悪くないんだけどな。
「で、わざわざ俺の歯を心配しに来てくれたわけ?」
俺が尋ねると、そうだった!といわんばかりに話をすすめた。
「俺の家の近くに歯医者やってる人がいるんだ。だから、紹介してやろうかと思ったんだよ。」
「そっか…ありがとな。ども、とりあえずもう事足りてるわ。」
「ふうん、ならいいよ。じゃ、俺飯喰ってくる!」
そう言ってぱたぱたとかけていった足音を聞きながら、俺は小母様方の相手をするべく腰を上げた。
「いらっしゃいませ。お久しぶりですね…」
注文を聞いてシェーカーを振りながら、やっぱりちょっと味覚が冴えてるように感じる。
自分では気付いてなかったけど、歯が治ったせい、なんだろうなぁ…。
「ねぇ、スペースファンタジーを頂ける?」
別の客が2杯目を頼む。
ウォッカにバイオレット、グレープフルーツジュース。
グラスに注いで、飾り付けをして…。
紫にレモンピールの金色。ちょっと辛口の、強めの酒かぁ…
え?俺今なに考えてたんだ?
「お待たせ致しました」
笑顔を添えて出してやれば客の顔も綻ぶ。
火曜日と言うこともあって客数はそれほど多くなく。
閉店間近には店内は人気もなくなっていたので、早めに店を閉めることになった。
裏の駐車場から車を走らせると、悟空が一人で歩いていたので拾ってやる。
「そういえばお前の家ってしらねぇな…送ってやるんだからちゃんと道言えよ?」
そのまま悟空に言われたとおり走り続けて5分くらいだろうか。
大通りから少し入った閑静な住宅街とでも言うような場所で
「あ!悟浄、ごめん止めて!」
突然悟空が声を上げた。
「あ?家どこなんだ?」
訳もわからずブレーキを踏んだ俺に、もうすぐそばだから、
「ありがとな!」
と言い残して悟空は車をあとにすると、少し前を歩いていた人物に早足で近づいて
親しげに話かけていった。
脇を走り去るときに見た、悟空の隣に並んでいた人影。
確信は持てないが、暗がりでも光を放つ金色の髪。
あれはもしかして…?
家に帰ってコーヒーを片手にソファに座る。
結局誰だったんだろうという疑問よりも、
悟空とはどういう繋がりなんだろう、とかあの辺に住んでるんだろうかとか
考えるのはそんなことばかり。
俺の頭の中では、さっきの人影はその人に決定されていた。
暫く時がたつと、なんだか、そんなこと考えるのも馬鹿馬鹿しいような
そんな自分に気づいたのがなんとなく腹立たしいような…。
すっきりしない気分を変えたくて、風呂に入ることにした。
結局、コーヒーには口をつけないまま―――――