何もない、何もしないと言い聞かせていたのに
それを破ったのは貴方のほうで
その度に身体のあちこちが息切れを起こしそう
Vol.11 体温(heat)
「風呂、開いたぞ。」
そういって俺の前に現れた三蔵の姿に、ついさっき自分に言い聞かせたはずの決意が揺らぐ。
仕事帰りにうちの店に来た三蔵が着替えなど持っているはずもなく。
適当に自分のクローゼットに眠っていたシャツやらなにやらを渡したのは他でもない自分だ。
それにしたって・・・
「そのカッコはないだろ・・・」
思わずつぶやいた俺に、
「何か言ったか?」
と目だけで問う三蔵。
風呂上りで火照った体に、少し大きめの俺のシャツを羽織って。しかもご丁寧に第2ボタンまではずして、だ。
昼は聖女、夜は娼婦
そんな言葉が思い浮かんでは消える。
むしろ、天使の顔をした悪魔。そのほうが近いかもしれない。
「てめぇも入ってきたらどうだ。」
三蔵がそんなことを言うので
「飲み物とか、適当に冷蔵庫から取ってってくれ。」
それだけ言って、半ば三蔵から目を背けるようにバスルームへ直行した。
いつからこんなになったんだろう。
以前は、勝ち目のない勝負はしない主義だったはずなのに。
今自分が挑んでいる相手は、十中八九俺には落とせないだろう。
それなのに、自分で自分を試すようなことをして、そしてもうそれを後悔してる。
三蔵のあんな姿を目の前にして、自分の理性が思ったより少ないことを知った。
バタン
バスルームのドアが閉まる音さえ響くほど、この家には音がなくて。
「あれ?さんぞ?」
物音ひとつしないリビングに向けて声をかける。
すると・・・
ソファーの上で、クッションに埋もれるようにして横になっている人影。
その手の中にはビールの缶が不安定に納まっていた。
「三蔵・・・」
やっぱり疲れてるんだな、という同情にも似た気持ちと
隙のなさそうな三蔵の意外な一面を垣間見た嬉しさと
とりあえず手の中にある缶を取ってしまおうとしたところで
「ん・・・・・・?」
小さく身動ぎをしたかと思うとどこか焦点の定まらない紫色が姿を見せた。
「ほら、さんぞ。ここじゃ風邪引くから・・・」
そう言って寝ぼけ眼の三蔵の肩をたたく。
「んぁ・・・?」
「ちゃんとベッドで寝た方がいいから。立てるか?」
そう言って手を引いてたたせようとすると、別に何があるわけでもないのにストンともとの場所に腰を下ろしてしまった。
「ごじょ・・・連れてけ。」
どこか呂律の回らない言葉。眠そうに少し不機嫌そうに据わった目
「さんぞ・・・?もしかしなくても、酔ってる・・よな。」
仕方ない
そんな風に言い訳して、俺は三蔵を抱えるようにして立ち上がった。
「三蔵、ちゃんと掴まってろって。」
そういうと、きゅっと力の入る指先とか。
そんな仕草がなんていうか・・・そう、いとおしい。
そんな感じで。
この一見完璧そうな年上の人が、実はこんな子供じみた一面を持っていることに気づいて、
まるで子供をあやすような気持ちになった。
『このままなら大丈夫。俺の理性も捨てたもんじゃない』
そんな自信も生まれはじめて。
首筋に微かに三蔵の吐息を感じながら、それこそなんでもないフリをして三蔵をベッドにおろす。
「色々話したかったけど、疲れてるんならしょうがねぇよな。俺は隣の部屋にいるからゆっくり休めよ。」
恐らく聞こえていないだろうと思って、顔にかかった金髪を梳きながら囁く。
「おやすみ、三蔵。」
そういって、すぐにその場を離れてしまえばよかったのか。
「ごじょ・・・」
ベッドに背を向けた俺の耳に、飛び込んできたのは小さく呼び止める声。
振り向くことも出来ずに、とりあえず立ち止まった俺に
「まだ・・・ここ、いろ。」
突然そんなことを言われて。
パニック
そんな言葉がぴったり来るほど、俺の心臓はせわしなく働いていた。