FRUITS
あれから、もう3年・・・
八戒になる男を拾い、次いで三蔵と悟空にあったあの日から。
今日で3度目を数えることになる、その日。
昔からいい思い出などなかった。
母さんはもちろん祝ってなどくれなかったし、
年齢に比例して、何でまだ生きてるんだ?という非難めいた視線の数が増えた。
それが変わったのは、あの日から。
2年前―――
「悟浄、今日誕生日だって本当ですか?」
買い物から帰るなり、八戒に凄い勢いで問い詰められたのを憶えてる。
「ん〜?あぁ、そう言えばそうだなぁ。」
わざと気付かなかったフリをした。
「てか、お前は何で知ってるわけ?俺話してないよなぁ。」
「道で、あなたのお相手たちに聞かれたんですよ。今日はどんな予定かって。」
そう言えば、毎年この日が近づくと、しつこく予定を訊かれたっけな。
誰ともすごすつもりになんてなれずに、いつも人気のないところに逃げ込んでいたけど。
「だから、今日は僕と約束があるって言っちゃいました。」
そう、悪びれた風もなく言うあいつに、ちょっと脱力する。
「おまえなぁ・・・てゆーかさ、俺祝ったりするつもりなんてねぇんだけど。」
だって、今日は・・・
鋭いあいつは、それ以上言わなくてもわかるだろう。
「祝うんじゃないですよ、感謝するんです。」
にっこりと返されて、続ける言葉が見つからない。
「えーと・・・感謝?」
「えぇ、そうです。あなたが生まれてきた日じゃないですか。」
あなたにも、あなたを生んだ人にも、感謝するんですよ。
買い込んで来た食料を冷蔵庫やらに詰め込みながら、あいつは続けた。
「そっ・・・だなぁ・・・・」
今まで誰にもそんなこと言われたことがなくて。
ソファーに座ったまま、目を閉じた。
「それに。悟浄がいなかったら、僕もあのまま死んでましたしねぇ。」
冗談めかして言う。
「ってことで、今日は家にいてくださいね。」
「せっかくの誕生日にヤローと二人ってのもなぁ・・・」
「悟浄、僕じゃ不満なんですか?」
少し沈んだような表情の奥に、黒いものが見えた気がして
「いえ、とんでもございません。」
そう言って笑った。
1年前―――
「おーい、ごじょ〜」
ある朝、といっても既に日は上りきっていたけど、馬鹿でかい声と共に俺の家にやってきたのは
あの、サルだった。
「なんだ、こんな時間に。」
昨日も夜遅かったことも手伝って、不機嫌を隠さなかった俺の後ろから、
「あ、悟空いらっしゃい。」
八戒が返事をした。
「あ、何?お前の用事だったわけ?」
後ろを振り返って問うと
「僕が呼んだには呼んだんですけど、用事があるのはあなたに、です。」
意味のわからない返答が帰ってきた。
「どういうことだ?サル。」
「サルっていうなってば、エロ河童!」
「んだと?この万年欠食児童が。」
「なんだよ、悟浄の方こそ万年発情のくせに。」
また、いつものような言い争いが始まって。
でも、それを止めたのは悟空の方からだった。
「じゃなくて。えっと・・・」
いきなり畏まって、俺の目を見上げると。
「誕生日おめでと。」
「え?あ、あぁ。」
突然の展開に頭がついていかない。
去年とは違って、今度は本当に忘れていた。
「はい。」
そう言って、手渡されたのは、特大サイズの肉まん。
いかにもサルらしいプレゼントに、思わず笑みがもれる。
「ありがとな。」
そういって、くしゃくしゃと頭を撫でると、ガキ扱いすんなよ、と抗議の声がする。
手渡された肉まんを半分に割ると
「ほら。」
片方をあいつの目の前に差し出した。
「悟浄にあげたんだから、悟浄が食べろよ。」
「もらった俺がいいって言ってんだから、いいだろ。二人で食べた方が美味いし。デカイしな。」
「うん!」
まるで、自分がプレゼントをもらったかのような笑顔に、
悪くねぇなと思ったのを憶えてる。
そして、今。
昼間から、俺は悟空に連れまわされていた。
というのも何が欲しいか分かんないから、と散々質問攻めにあった。
もともと物欲の強い方ではない。
でも、こいつの気持ちを無下にするのもなぁ・・・と思って、街に出たのだ。
偶然見つけた以前から飲みたいと思っていた酒を、店のおやじが大分まけてくれて。
悟空はそれを俺へのプレゼントにする、と言った。
そんな予期しない出会いもあっていい気分で道を歩いていると
「悟浄、悟空」
後ろから、聞きなれた声に呼び止められた。
「あ、はっかい。どうしたの?」
「お前、今日は家にいるんじゃなかったっけ?」
「えぇ。それが、買わなきゃいけないものを思い出してしまって。」
「なに?それって喰いもん?なら俺も一緒に行く〜。」
すっかりその気になっている悟空を横目に
「そっか、なら、俺は一足先に帰ってるわ。」
今日はこのあと、悟空の要望により、うちで八戒の飯を食うことになっている。
「そうですか?じゃあ、お願いしますね。三蔵も、遅くなるかも知れないけど来るつもりだって言って
ましたから。」
三蔵・・・考えてみれば、あいつと過ごすのは初めてなんだなぁ。
いわゆる恋人同士というものになってからも、あいつと俺の生活パターンは変わることはなく。
時間もあまり多く取れているとはいい難い状況が続いていた。
できれば。
一分でもいいから一緒にいたいよなぁ、なんて。
ガラにもないことを願ってみる。
薄暗くなってきた道を進むと、人のいる筈のない窓から光が漏れていて。
八戒がつけっぱなしてきたんだろうか。
そう思いながら、俺の歩調はどんどん速くなった。
ドアには鍵がかかっていて。
どこかで何かを期待していた自分を嘲笑っているよう。
ズボンのポケットの中で鍵を探していると、内側からドアが開いた。
「え・・・?三蔵?」
迎えてくれたのは、見間違えるわけのない人で。
「ったく、なにアホな面してやがる。」
相変わらずの毒舌でそこに立っていた。
「あ・・・てか、なんで?」
「呼んだのはてめぇらだろうが。八戒から鍵借りたんだよ。」
「そっか・・・とりあえず、入れて?」
三蔵のあとについて家に入る。
誰かが迎えてくれる幸せを教えてくれたのは、八戒だったけど。
それがこいつだってだけで、こんなに浮かれられるんだな。俺ってお手軽。
・・・・・・ん?
「なぁ、三蔵、これ何の匂い?」
部屋に入ると微かに、食欲をそそる香り。
「何って、飯だろ。もう少しで出来るから待ってろ。」
「はーい。」
返事をしてから、はっと気付く。
待ってろって・・・三蔵が作ってるってことか?
キッチンを覗くと、くるくると動き回る三蔵の背中が見えた。
「三ちゃん・・・」
「あ?なんだ?」
「いや、なんでもない。」
ただ、めちゃくちゃ、幸せ。
「あっ」
パチンと火を止めると
三蔵は俺の座ってるソファーに向かって歩いてきて。
「忘れねぇうちに言っておく。」
そう前置きしてから言った。
誕生日、おめでとう
神さまなんて信じないけれど。
願わくは、こんな日々が続きますように。
毎日じゃなくていい、せめて一年に一回、来年もこうしていられますように。
そんなことを思って、俺は生まれて初めて
誕生日を祝われたことに対して、お礼を言った。
分厚い扉をノックしたのは、あの夜拾った男
壁をぶち壊して外の世界を見せてくれたのは、真っ直ぐな目をしたガキ
そして。
そこから俺を連れ出したのは、やっぱり・・・・
ありがとう、三蔵
fin
悟浄の誕生日ということで、急遽書きました。
ええ、本当に1時間かそれくらいで(苦笑)
タイトルのFruitsは、何かの集合っていうか成果みたいな意味で使いました。
悟浄が、ありがとうっていえるのは、それまでの色々なものがあったから。
全ては今始まったわけじゃないってことを言いたかったんですが。
あ、版権フリーなので、こんなものでも宜しければお持ちください。
蒼 透夜でした