眠れなかったのは、あいつが心配だからなんかじゃない
ただ、落ち着かなかった。それだけ――――――
36.5℃の時間 [ Day2 ]
「おはようございます。今日は随分と早いですね。」
『随分と』の部分を強調しながら、いつもの笑顔で八戒が立っている。
「あぁ、目が覚めたんだ。」
開ききらないと言うよりは、今にも落ちそうな瞼を無理やりこじ開けて。
「あ、それで、悟浄のことなんですが・・・」
八戒の話をまとめるとこうだ。アイツはたまに目を覚ますものの、体力が回復しきらないため
またすぐに眠りに落ちる。その繰り返しだと言うこと。
その目が覚めたところを見計らって、八戒が薬や気孔を行っていること。
「出発は、まだ未定って所ですね。」
さぁ、悟浄が次に目を覚ます前に朝ご飯にしましょうか。
トンと床を鳴らして、八戒は1階の食堂に向かった。
「あ、悟空はもう少し寝かせておきましょう。昨日遅くまで悟浄のこと見てたんですよ。」
階段途中の踊り場でクルリと振り返ると、また微笑った。
食事が終わって暫くした頃。
「あ、三蔵。包帯や薬が切れてるのがあるんですけど、買いに行ってもらえませんか?」
「なんで俺が・・・」
行かなきゃならないんだ、といい終わる前に
「別に三蔵が悟浄の面倒をし〜っかり見ておいてくれるなら構わないですけどね。
それとも、悟空に頼んで無事に買い物が終わるとでも?」
「・・・行ってくる。」
そこまで言われては、俺に残された選択肢は1つだけだった。
「お願いします。今買ってくるもの書き出しますから。」
その辺りにあった紙にさらさらと何かを書き付けると
「じゃあ、これを頼みますね。僕は連泊の手続きとかをしてきます。」
あ、荷物もちに悟空も連れて行きますか?
笑顔で問う八戒から逃げるようにして、宿をあとにした。
包帯に傷薬、化膿止め・・・
こんなに色々と物があったのか、と驚くと同時に
これを全て使い切るほどの症状に改めて気付かされた。
「これでいいな。・・・・あ、」
八戒に渡されたメモの品物を全て買いそろえ、そこでふと自分の煙草の買い置きがないのを思い出した。
「マルボロ、カートンで。」
言葉すくなに言って、茶色い紙袋に入ったそれを渡されて店を出る。
今度こそ、買うべきものは全て買ったはずだ。
『さんぞ、俺の分も買ってきてくれても良くない?』
いつだったか自分の煙草が切れたとき、マルボロを買って帰ってきた俺に対して
アイツが言った言葉。
『てめぇの分はてめぇでやれ。』
そう返すと
『わかってるけどさぁ・・・“俺の”なんだから良いじゃん。それくらいしてくれたって。』
そう駄々をこねられたっけ。
『なんだ、その“俺の”っていうのは。』
『またそういうんだ。ほんっとに素直じゃないよな、三蔵さまは。』
「ありがとうございました。」
クスクスと笑いながらお辞儀をする店員
袋の中にはマルボロと、ハイライトが1カートンずつ。
「・・・ちっ」
思わず溜息をつきたくなった。
「あ、三蔵。1人部屋が空いたって言うんで、そっちに移ることになりましたから。
はい、これが三蔵の部屋のです。荷物はもう運んでありますから。」
渡された部屋の鍵。部屋の並びは、悟空・俺・八戒・悟浄
「そうだ、買い物ありがとうございました。荷物は僕の部屋にでも置いておいてくださいね。」
「ああ。・・おい、サルは?」
「おなかが減ったっていうんで、外で何か食べてくるようにいったんですよ。」
「そうか。分かった。」
「それじゃあ、あとで。」
そういうと、八戒は俺の隣の部屋には戻らず、一つ先の部屋のドアをくぐった。
部屋に戻ったものの、これといってやることも見つからず。
八戒に頼まれていた荷物を届けようと、わざと悟浄の部屋へ向かった。
アイツが寝ているかも知れないからと、控えめにノックをして扉を開ける。
聞こえるはずの八戒の声もなく、そこにはアイツが寝ているだけ。
「悟浄・・・」
思えば、ちゃんと顔を見るのは、あのあと初めてだ。
容態は落ち着いているのか、苦しい様子も見せずに寝息を立てる顔を
近くから覗き込む。
射抜くような眼も、低く名前を呼ぶ声もない。
いつものように絡んでくる腕もない。
ただ静かに眠っているあいつは、どこか幼くて
「思ったより、マトモな顔してるじゃねぇか。」
思わず口に出してしまった。
すると今度は、アイツの声が聞こえてくるようで。
『三蔵』
顔を寄せると微かに感じる息遣いと、体温。
眠りが深いことを確かめてから、寝息の漏れる唇に指を滑らせた。
『三蔵、大好き。』
突然そんな声が聞こえた気がして、
「早く直せ、バカ河童。」
早まった鼓動を隠すように悪態をつくと、足早に部屋に戻った。
残されたのは、頼まれていた品物が入った袋と、
幸せそうに寝返りを打つ悟浄だけ
部屋に戻って、新聞を広げる。
ふぅぅ・・・
火照った顔をもとに戻そうと、むりやり大きく呼吸する。
やけに静かでクリアな部屋の空気が、それを邪魔しているような気がして
紙面からは目を離さずに煙草を探った。
一本口に含んで火をつけると、灰に広がっていったのは何時もとは違う味
「ちっ」
今日2度目の舌打ちをすると、まだ火をつけたばかりの煙草を揉み消そうとした。
けれど・・・
「しかたねぇ・・・」
いつもは外側から感じるこの匂いを、今は内側から感じるしかなくて。
もう一度口にくわえて、さっきよりも深く吸い込んだ。
新聞にもこれといって面白い記事もなく、
何処の村が妖怪に襲われただの、そんなことばかり。
吸い慣れないハイライトも短くなった頃には、
徹夜明けの身体はどこか重たくなってきていて、
八戒が呼びに来るまで横になろうとベッドに寝転んだ。
そのまま、眠ってしまえるかと思っていたのに。
天井を見上げながらぼーっとしていると、思い出すのは先刻みた男の寝顔。
「黙って寝てりゃぁそれなりなんだな。」
そう言ったものの、声が聞けない、気配の感じられない生活は
やっぱり寂しいらしい。
「早く起きろよ、クソ河童。」
『うわ、ま〜たそんなこという。素直になれよ、三蔵』
風が吹いて、自分の髪の毛からハイライトの匂いがする。
同時に、最後に抱かれたときの声をリプレイしてしまって、体温が一気に上がるのを感じた。
『三蔵』
ヤバイ、そう思うと同時に、背筋を何かが駆けていった。
Next
続きをやっと書きました。しかも、Day2すら完結せず。
こんなところで止めてるし。
お気づきかと思いますが、次は少しばかりアレシーンが入ります(苦笑)
そこまで入れると長くなりそうだったので、次に回しちゃいました。
はぁぁ・・・しっかし乙女な三蔵。
私だって、思わず買い物したことなんかないさ(笑)
これ似合うなぁとかはあっても。
こんな乙女ですが・・・見捨てないでやってくださると
しっぽを振って喜びます(私が、ですが)
蒼 透夜